ゆめかうつつか
俺がJR通勤を始めて何年になるだろう?
行き帰り、特急電車に乗る。行きは指定席、帰りは自由席。特急電車の座席は、進行方向に向かって、2列席が通路を挟んで2つ、1両に1列が4席、縦に20並んでいる。自由席は、当然、早い者勝ちとなり、両側の窓際席より、席が埋まる。心狭い奴は、自分の隣に人が座らないよう荷物を置く。俺はそういう奴が許せなく、混んでいるときは、そこに座る。とはいっても、俺は窓際に座ることが多く、通路側の隣の席には、自身の荷物を置いたりしないんで、俺と同じような疲れ切った会社員が、座っている事が多い。
ある繁忙期の帰る車中、いつもと同じ窓際の座席に座っていた。通路には、席がなく立っている乗客がいる。え?俺の隣は、まだ空いているけど・・・など軽く思ったが、そう気にはしなかった。電車は静かにホームを離れた、南に走りだす。車中、酔っ払いが大きな声で騒ぎ合っている。いつもと同じ,なんら代わり映えしない車中の出来事...。
しばらくすると、俺は急激な眠気に襲われた。それに抗なうこともなく、俺は寝た。何分?何十分?俺は寝ていたのか!?
ふと目が覚めた。右肩に軽い圧力がかかっている。チラっと、右を見た。髪の長い小柄な女性が、俺の肩にもたれかかり眠っている。滅多にないことだ。こんなおっさんの肩を借りて寝るなんて・・・。疲れてるんだなー。俺は嬉しいが・・・などと思いながら、俺もまた眠りについた・・・。
やがて、俺の最寄り駅に近づいた頃、やさしく揺り起こされた。慌てて起きて、寝過ごしていないことを確認し、起こしてくれただろう隣席の人を見た・・・誰も居ない。隣の女性は居なかった。前の駅で降りたのか?なぜ?誰が?俺を起こしてくれたのか?まー、寝過ごさなかったからいいか等と思った。その時は・・・。
翌日、前日のことなんて、すっかり忘れ、1日が終わり、いつもの時間、いつもの席に座り、帰路に着く。やがて眠気に襲われ、ふと目が覚めると、隣には、俺の肩を借り眠る女性。あれれ、今日もか!?偶然が2日も続くなんて・・・まあ嬉しい事だ。等と思いながら、また俺は眠り、最寄り駅近くで、優しく起こされる。前日と同じように隣に人は居ない・・・。それでも気にならなかった。
翌日も同じだった...。
その翌日、途中、目覚めたときも、同じような女性が眠っていた・・・。その時、思った。「この女性は誰?」うつむきかげんで、俺の肩を借りて眠る女性。俺の五感は、何かしら懐かしさを感じている。「君は誰?」しかし、いつしか、俺は再び眠気に襲われ、そして同じように優しく起こされた...。
翌日は、朝から、その出来事が気になった。「果たして、今日は?」
その日も、同じように同じ時間の特急電車の同じ席に座った。いつもと違うのは、隣に座る人を気にしている事ぐらい。その日も、繁忙期のため、乗客は多い。
でも...、俺の隣には誰も座らない。通路には、席がないと思っているのか、通路に立つ人が数人...。
今日も、俺の隣席は空いているのに...。
不思議に思った。ここ数日、いつも、俺の隣は空いている。でも、誰も座らない。
まるで、既に誰か座っているかのように...。その日、俺は起きているつもりだった。
強い意志で、俺が降りる駅まで起きているはずだった!!
しかし、寝ていた。そして、何故か目が覚めた。そして...隣には...
あの女性が、俺の肩に軽く頭をのせ、まるで恋人のように眠っている。彼女を起こさないよう、可能な限り、覗き込んだ。長くキレイな黒髪が顔を隠し、彼女の顔を見ることはできない。「誰なんだろう?」
そして、このまま駅に着くまで起きていたいという思いは裏腹に眠りについてしまった。
(...俺の数メートル先に、女性が立っている。この数日、隣で俺の肩に寄り添い眠っている彼女と思われる。顔が分かる!!
あ?君は、「ヒ、ヒ、ヒロエ?」見覚えのあるその女性は、十数年前につきあった彼女。その頃と変わらぬ顔、姿。もう思い出すことさえ、ほとんどなかったが、ハっと思い出した!!何か言いたげだ。寂しそうな顔で、何かを俺に訴えかけている...。
「どうしたの?久しぶりだね~。」と問いかけたと思う...)
お!!目が覚めた。もう駅についたようだ。半分、寝ぼけたまま、家に帰った。
週末を向かえ、ヒロエのことが気になった。
記憶をたどった。ヒロエとは、高3の春につきあいだした。順調だった。受験勉強そっちのけで、デートしていた。お互い、志望校も決まり、卒業。
歯車が狂いだしたのは、その直後からだった。連絡が途絶え、俺の大学の入学式が近づいた頃、ヒロエから連絡があり、久しぶりに会った。そのときに別れた...。別れた理由は、未だに分からない。聞きたくなかったんだと思う。別の男性が好きになったなどという理由は、純粋だったその時には...聞きたくなかった。
卒業アルバムを開き、ヒロエの実家に電話することにした。
ドキドキした。電話口に出たのは、年は取ったが、聞き覚えのある声。ヒロエのお母さんだった。俺は、名前を名乗り、ヒロエに連絡を取りたい旨を伝えた。
お母さんから返って来た言葉は驚くべき言葉だった...。
「ヒロエは、亡くなりました...」
「いつですか?」
「おとといですよ...。亡くなる前、あなたに伝えたい事があると息をひきとりました...」と。
その後、何を話して、電話を切ったのか分からない。
おとといとは、俺が電車でヒロエの夢を見た日だ...。その時も何か言いたそうだった。しかし...今となっては、彼女の言葉を聞くことはできない。十数年経った今、俺に何を伝えたかったのだろう。残念ながら、知ることはできない。
その後、電車で、俺の肩に寄りかかって眠る女性は、いない。
偶然?夢?俺には判断できない...
ただ、ただ合掌。

